男女交際・乱れの根源日か、はたまた本邦菓子業界の営業努力の賜物か。
とにもかくにも、また今年もバレンタインデーがやってきた。
企業の宣伝戦略に、まんまと乗せられていると言えばそれまでだが……
この日の日本列島全体を包む、なんとなく甘くホロ苦い独特の空気というのは
それはそれでまた、季節の風物詩のひとつではあろう。
そんなわけで、今回もその幕を開ける『飛び出せ!! 宙マン』。
物語の舞台である北海道千歳市もまた、バレンタインムード一色である。
でもって、こちらは毎度お馴染み……
北海道千歳市・ほんわか町5丁目の「宙マンハウス」。
落合さん「え? バレンタインデー、ですか?
いえいえ、私は別に、今までと変わらず自然体ですとも。
お殿様にお仕えするメイドともあろうものが、日本の菓子業界の宣伝戦略に
みすみす踊らされて何と致しましょう――」
落合さん「(ジト目)……で、何なんですビーコンさん、その物欲しそうな眼は!」
ビーコン「またまたぁ~、とぼけなくってもいいんスよ!?」
落合さん「トボけているのは、あなたのお顔と生活態度だけで充分です!」
ビーコン「ヒヒヒ、そんなこと言って……
とびっきりの手作り本命チョコ、オイラのために用意してくれてるっしょ!?」
落合さん「はぁ!?……何で私が、ビーコンさんなんかのために。
そんな事するくらいなら、チョコの原材料をまとめてドブに叩き捨てた方が
まだいくらかマシ、世のため人のためというものですわっ!」
ビーコン「だーっ、なんすか、その言い草!?
いくらツンデレだからって、流石にオイラも傷つくっスよ!?」
落合さん「ツンデレとか……やめて下さいな、人聞きの悪いっ!」
ビーコン「いいや、もういいっス! これ以上の会話は無意味っス!
てなわけで言葉を捨てて、答えは落合さんのカラダに直接聞き……」
げ し っ !
落合さん「ねーいっ、おふざけが過ぎますわよ、ビーコンさんっ!
只でさえふざけた存在が、これ以上ふざけてどうするんですっ!」
ビーコン「ハンニャラ、ヒ~っ……言葉もお仕置きもめっちゃキツいっスぅぅ~」
ピグモン「えう~……落合さんとビーコンちゃんったら、またやってるの~」
宙マン「あの二人はあんなものさ。毎日の挨拶みたいなものだと思おう」
ピグモン「はう~」
と言う感じで、「宙マンハウス」の日常はいつも通りの「いつもの調子」。
だが、そんな日常の平穏は、不意に聞こえてきた声によって唐突に破られた!
「ふぇぇん……宙マンさん、宙マンさ~んっ!」
落合さん「あらあら、みくるん様にながもん様!」
宙マン「やぁ、いらっしゃい、二人とも。今日はどうしたのかな?」
みくるん「あっ、あの……大変なことが起こってるんですぅ!
さっき、ながもんと二人で、バレンタインのチョコ買いに行ったらぁ……」
ながもん「(頷き)街から……チョコが……なくなった」
落合さん「なんですって、チョコレートが!?」
ビーコン「ん~、今日はバレンタインデーっスからね~。
にしても、こんな短時間で売り切れなんてスゴすぎる話っスねぇ~」
ながもん「(キッパリ)違う。……そうじゃない」
みくるん「そうなんです、お店からも、倉庫からも……
全部のチョコが、魔法みたいに一瞬で消えちゃったんですぅ!」
宙マン「……何だって!?」
そう、コロポックル姉妹の言葉通り……
店頭や倉庫に並べられていたあらゆるチョコも、その原材料たるカカオ豆さえも
一瞬のうちに消え失せ、千歳市内に大きな動揺が走っていたのである。
落合さん「お殿様、これは一体どういうことでしょうか?」
宙マン「分からん、分からんが……どう考えても、只事ではないね」
みくるん「ふぇぇん、なんだか怖いですぅ~(涙目)」
ビーコン「……まさか、またまた怪獣軍団の仕業っスかねぇ!?」
落合さん「そんなバカな!
確かに奇怪な出来事ですが、いくらなんでも今回ばかりは……」
ゴゴゴゴ……グラグラグラグラっ!
ビーコン「お、おろろろろろっ!?」
落合さん「この揺れ方……ただの地震ではございませんわね!」
ピグモン「(一方を指し)ああっ!……みんな、アレ見てなの、アレっ!」
大量の土砂を天高く柱のように撒き上げ、舗装道路をもやすやすと引き裂いて
地の底から今また新たに、その姿を現わさんとしている邪悪な影。
……果たして、それは!?
「ブッファハハぁぁ~っ!!」
みくるん「ああっ、なんか出てきたですぅ!」
ながもん「あれは……あの姿は……ドロボン星の、宇宙戦闘員?」
ピグモン「えう~、何でもいいけどおっかないの~」
かつて宇宙戦争で暴れ回った宇宙戦闘員、今は怪獣軍団の一員……
その同族がウルトラマンのカラータイマーを奪い取ったことさえもあるという
「泥棒怪獣」とも「宇宙野人」とも呼ばれる怪獣ドロボンだ!
宙マン「つかぬ事を聞くが……
千歳の街からチョコを消し去ったのも、さてはお前の仕業か!?」
ドロボン「ブッファハハ、いかにもタコにも、その通り!
このドロボン様の盗みのテクニックをもってすれば、そのくらいは朝飯前よ」
ながもん「おおっ、さすが……「泥棒怪獣」の……面目、躍如」
みくるん「(慌てて)な、ながもんっ、感心してる場合じゃないってば!」
ドロボン「カカオ豆の一粒に至るまで、この俺が全部盗みとってやったからな……
これでもうお前たちは、バレンタインにチョコを贈ることは出来ねぇ。
……たったひとつの選択肢を除いては、だがな」
ピグモン「はう~、たったひとつの……」
落合さん「……選択肢?」
ドロボン「ああ、そうだ――俺たち怪獣軍団から、チョコを買うっていう選択肢だ!
バレンタインのチョコが欲しいか? だったら売ってやるぞ。
特別に板チョコ一枚・二千円の大サービス価格でな!」
みくるん「(驚愕)……に、にせんえん……!?」
ビーコン「どひ~っ、札幌ドーム前のダフ屋なみのボッタクリっスよ~!?」
落合さん「最初からこれが狙いでしたのね!」
宙マン「何て怖ろしい……悪魔のような作戦なんだ!」
イフ「わはははは……
さぁ行けドロボン、念には念だ!」
イフ「まだチョコレートを隠している家があるやもしれぬ。
面倒だ、このさい一軒残らず焼き払え!!」
ドロボン「ブッファハハ、お任せ下されィ、魔王様!」
怪獣魔王の命を受け、猛然と進撃を開始するドロボン!
迫りくるその巨体を前に、悲鳴を上げて右往左往、逃げ惑う千歳の人々。
ドロボン「ブッファハハ、まだチョコレートを隠してる奴は居ないかァ――
居ても暴れるし、居なくっても暴れるぞ! こんな風にな!」
ドロボンの口から、地上めがけて迸る高熱火炎!
灼熱の一閃にさらされ、みるみる千歳の街が地獄の業火に包まれていく。
みくるん「ふぇぇん、これじゃホントに全部のチョコが焼けちゃいますぅ!」
ながもん「それ以前に……バレンタイン、どころ……じゃ、ない」
ピグモン「えう~、ピグちゃんそんなの嫌~んなの~(泣)」
ビーコン「冗談じゃないっスよ、楽しいイベントの日が千歳最後の日だなんて!」
落合さん「お殿様……今回もまた、お願いできますかしら!?」
宙マン「ああ、私もそうするつもりさ! 宙マン・ファイト・ゴー!!」
閃光の中で、みるみるうちに巨大化する宙マン。
華麗な空中回転とともに、猛威を奮うドロボンの前に舞い降りる!
宙マン「トゥアーッ! 宙マン、参上!
宇宙野人ドロボン、お前を倒してチョコレートを取り返してみせる!」
ズ、ズーンっ!!
ドロボン「ブッファハハハ~、出来るか、宙マン!?」
宙マン「やってやるとも! それがみんなの願い、宇宙の正義だ!」
全身にみなぎる怒りを力に変え……
ファイティングポーズをとって、敢然と身構える宙マン。
ドロボン「ブッファハハ、返り討ちにしてやらぁ!」
宙マン「いざ! 尋常に――」
ドロボン「勝負だっ!!」
激突、宙マン対ドロボン!
人々が固唾をのんで見守る中、今日も世紀の巨大バトルが幕を開ける。
みくるん「ちゅ……宙マンさん、大丈夫かなぁ……!?」
ながもん「信じよう……私たちの、ヒーローを」
ピグモン「はうはう~、宙マン、がんばってなの~!」
太い豪腕から、唸りをあげて繰り出されるドロボンのパンチ!
クロスガードで受け止める宙マンだったが、その威力に大きく後退する。
一説では、怪獣界でも屈指の強いエネルギーを発散しているとされるドロボン。
その驚異的パワーとスタミナで繰り出される怪力殺法に、さしもの宙マンと言えど
今回ばかりはやや押され気味のように見えてしまう。
宙マン「く……うッ!」
ドロボン「ブッファハハ、これでもくらえ、宙マン!」
ドロボンの口から吐き出される高熱火炎!
その凄まじい威力が、宙マンの周囲に激しい大爆発を巻き起こす。
ズガーン! グワーンっ!
「う、うわぁぁぁっ……!!」
みくるん「ああっ、宙マンさんが!」
落合さん「ま、まさか、ここまで強い相手だったなんて……」
ピグモン「はわわ……宙マン負けちゃうの? ねぇ、負けちゃうの?」
ビーコン「どひ~っ、そうなったらマジで千歳は終わりっス!」
ながもん「(祈るように見つめて)……宙マン……!」
イフ「わははは……流石はドロボン、宇宙戦争で鍛え抜かれただけのことはあるな!
その調子で宙マンにとどめを刺し、バレンタインデーを怪獣軍団の記念日として
真っ赤な血で彩るのだ!」
ドロボン「がふがふがふ……思い知ったか、宙マンめ!」
宙マン「ああ、悔しいがお前は強い……私も、覚悟を決める時が来たようだ。
だが、最後にひとつだけ教えて欲しい――」
ドロボン「うン?」
宙マン「お前の奪ったチョコは……一体、どこにあるんだ……?」
ドロボン「ブッファハハハ……いいだろう、冥途の土産に教えてやる。
俺が盗んだチョコとカカオ豆は、千歳市郊外……
××地区の廃工場の中に、全てこっそり隠してあるって寸法よ」
ドロボン「さぁて、これでもう……思い残すことはないな?」
宙マン「ああ、有難う――良い事を聞かせてもらったよ!!」
ドロボンの言葉を聞くが早いか、勢いよく立ち上がる宙マン――
得意げな泥棒怪獣の顔めがけて、宙マンの強烈なストレートパンチが炸裂!
ドロボン「ぐ、ぐふぅっ!?」
宙マン「チョコレートの隠し場所、確かに聞いたぞドロボン!」
そう、一方的にやられていると見せかけて……
ドロボンの口から盗まれたチョコの在り処を聞き出す作戦だったのだ。
ビーコン「やったぁ! 冴えてるっスねぇ、アニキ!」
落合さん「えぇ、それでこそ私たちのお殿様ですわっ!」
ドロボン「こ、この野郎……舐めた真似しやがって~っ!」
怒り、口から高熱火炎を吐き出すドロボン!
だが、その一閃も、宙マンの回転戦法によって見事にかわされる。
ドロボン「ぐぬぅっ!」
宙マン「くらえ、お返しだ――宙マン・閃光波!」
ピッキュイィィーンっ!
ドロボンの眉間めがけて、閃光波の破壊エネルギーが炸裂!
苦しみもがくドロボンめがけて、更に――
ドロボン「……お、おのれおのれぇ……ッ!」
宙マン「とどめだドロボン、これで決めてやる!」
ドロボンめがけて、真っ向から突っ込んでいく宙マン。
その全身が、体内から溢れ出すエネルギーによってみるみる赤く染まる!
「トゥリャァァーッ!
宙マン・エネルギッシュ・ボンバー!!」
出た! 宙マンの肉弾戦法、エネルギッシュ・ボンバー!
真紅のエネルギーで全身を包んで、自らを巨大な光の弾丸と化し……
そのまま一気にドロボンの懐へ飛びこみ、ボディを貫通してしまう。
宙マン「―どうだっ!」
ドロボン「ゴッファァァ……きょ、きょ、強烈ぅ~っ!!」
エネルギッシュ・ボンバーの威力に崩れ落ち、大爆発すドロボン。
やったぞ宙マン、大勝利!
みくるん「やりました、宙マンさんの勝ちですぅ!」
落合さん「ああ、お殿様……やっぱり、素敵です……♪(うっとり)」
人々の笑顔と歓声が、宙マンの勝利を讃える――
千歳の街に立ちつくすその巨体は、どこまでも雄々しく、逞しかった。
イフ「うぐぐぐぐ……またしても宙マンめが!
だが、これしきのことで地球を諦めるワシらではないぞ。
必ずや怪獣軍団の威力で、お前をギャフンと言わせてやるからな……!」
宇宙でも、この地球でも、悪の栄えた試しはなし。
かくして我らが宙マンの活躍により、再び千歳には平和が蘇った、
泥棒怪獣ドロボンによって盗み去られたチョコレートやカカオ豆も無事に発見され、
街に再びチョコレートと、バレンタインデーの楽しさが戻ったのである。
みくるん「宙マンさん、今日はホントにお疲れ様でした!」
ながもん「日頃の、お世話に……感謝をこめて……私と、みくるんから」
宙マン「おおっ、チョコレートじゃないか、しかもこんなに手の込んだ……!
これ、本当にもらっちゃっていいのかい?」
ながもん「……(頷き)」
みくるん「うふふ、これからもよろしくお願いしますね♪」
宙マン「いやぁ、有難う……こちらこそ!」
落合さん「あの、お殿様……
お家に帰りましたら、私の手作りチョコもございますから……ね?(ポッ)」
ピグモン「はうはう~、ピグちゃんも宙マンにチョコあげるの~☆」
宙マン「うん、うんっ……落合さんも、ピグモンも有難う、有難うねぇ!」
ビーコン「だーっ、なんスか、この待遇の違い!
やってらんないっスねぇ、アニキばかりが何故モテるっスかぁ!?」
落合さん「そこはそれ……日頃の行いの違いというものですわよっ」
ビーコン「っがー、真顔で何言っちゃってるっスかねぇ、このオネーチャンは!?
いいや、もういいっス! これ以上の会話は無意味っス!
てなわけで言葉を捨てて、答えは落合さんたちのカラダに直接聞き……」
げ し っ !
落合さん「だーかーらー、それがチョコを貰えない理由ですっ!!(怒)」
ビーコン「どひ~っ、明暗がくっきり分かれすぎて清々しいっスぅぅ~」
宙マン「はっはっはっはっ」
みくるん「(さすがに同情して)あ、あの、ビーコンさんの分もありますから……ね?」
ながもん「(ボソッと)義理チョコで……よかったら、だけど」
何はともあれ、本日は「愛の誓いの日」。
ハッピー・バレンタイン!